B:月の甲殻類 ダフニアマグナ
火山噴火は時として、成層圏に達する噴煙柱を作り上げる。
その噴石に、高熱や衝撃に耐えられる溶岩生物が付着し、あまつさえ星外に出て、月に到達していたら……。万にひとつ、いや億にひとつ、いやいや兆にひとつの可能性でも、たったひとつの個体さえ、月に渡っていれば良いのだよ!そうすれば、極小甲殻類さえ、独自の進化を遂げるだろう!
嗚呼、ワタシには見える!
月の環境に適応した甲殻類、「ダフニアマグナ」の姿が……!さあこの学説を証明するため生体サンプルを持ってくるのだ!
~クラン・セントリオの手配書より
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ショートショートエオルゼア冒険譚
それは乳白色の体の左右に羽のような鰭が付いていてそれをパタパタ動かして地面から2mほどの高さの所を浮かんで移動している。全体の体高は2~2.5mくらい。縦に伸ばした雫型を逆さにしたような体の上には鬼の角のような突起が二つついた真ん丸な頭が乗っかっている。その頭には目や口に見える凹凸があり、妙に可愛らしい顔に見えるが、恐らくあれはフェイクだろう。
「クリオネよね」
少し長めに距離を取って様子を見ていたあたしは隣にいる相方に言った。クリオネはご存知の通り流氷と共に流れてくる「流氷の天使」と呼ばれる海洋生物で大きさは5㎜~1cm、貝殻は持たないが貝の仲間だ。普段のその可愛らしい出で立ちからは想像できない程グロテスクな食事の仕方をする。
「でもサイズが随分と違うね」
相方は頷きながら返事をした。
「でも、なんでまた月にクリオネなんかな…」
あたしは手配書に添付されていた依頼趣旨書と書かれていた紙を相方の目の前に出した。
「これ、この感じ…。あいつ?」
相方がテンションが下がった顔で聞いて来た。
「そう、ジェネシスロックの人」
前回自然発生のゴーレムについての仮説で学会を騒然とさせようとして盛大に失敗した彼だ。曰く、
『月に生息する生物の起源についての通説はこうだ。
太古の昔、アーテリスがまだ陸地が少なく海ばかりだったころ大規模な海底火山の噴火が起きた。
噴き出した大量の溶岩は海水を蒸発させながら激しい湯気を吹き上げた。溶岩が噴き出す大地の穴では、付近に出来た割れ目から海水が入り込み地中で蒸発し、外部に逃げ出せない水蒸気が地中に溜まり、更に水蒸気爆発を起こし海底を吹き飛ばす。そこから新たに溶岩が噴き出しては海水に晒され熱を失い次から次へとかさぶたのようになり、それが重なり島の基礎になった。吹きあがった噴煙は海水を大量に巻き上げながら成層圏まで届いた。創世記のアーテリスにはそういった超巨大な海底火山がこの星にはいくつも存在し、あちらこちらで同時に又は別々に噴火を繰り返した。その頃アーテリスには陸地が少なく、苛烈な環境に適した僅かな生物のみが陸上に居たと考えられえている。
一方海には様々な生物の祖が沢山生息していた。単細胞のプランクトンを始めとし、エビやカニの祖である甲殻類が海底をあるき、まだ自分の意志で移動できない海水に漂うクラゲのような生物や今とはずいぶんと姿が違うが貝類が生息していた。海底で起きた大噴火はそういった生物もろとも空高く吹き上げられ、噴煙と共にアーテリスの成層圏を抜け宇宙へと飛び出し、アーテリスの周りを周回する月に辿り着いたとするものだ。
だがこの説には決定的な弱点がある。
「アーテリスがまだ陸地が少なく海ばかりだったころ」というのが具体的にどのくらい前を指すのか確定する証拠に欠けるが、人類が広く分布する陸地の大半が出来る前の話なのだから人類発生以前の話と受けとれる。だがその頃の月に生物が生息できる環境があったのだろうか?
一説によれば、ハイデリンがゾディアークとの戦に辛勝し封印した後、将来再び来襲するであろう「終焉の災厄」に備え、月への人類の移住を考え、その環境整備の為魔法生物レポリットを作り、生命が生きられる環境づくりをさせたのだという。であるなら、古代人が台頭するよりもはるか以前の月には生命が生きられる環境はなかったと考えるのが自然ではないだろう。
他方、月にはいつの時代のものかは定かではないが、人口の構造物が存在するという。そこから推測するにその昔月には文明を持った生命体が息づいていたのではないだろうか?
レポリットによれば、月の表面が乾燥した砂漠状になっているのはゾディアークがハイデリンにより封印され、月面が光の属性へと比重が傾きすぎたためなのだという。つまり、ハイデリンは月にゾディアークを封印するために、そこに存在していた月文明を滅亡させてしまったのではないかという仮説も立つ。もしそうだとするなら、月に生息する生物は、古の月文明繁栄期の生き残りと考えられなくもない。
いずれにせよ、月面の生物には人類発生の謎を紐解くような発見が隠されている可能性が高いと言える』
趣旨書とやらを読み終えた相方は死んだ魚のような目であたしを見た。